五感を使って思考の檻から抜ける~体感哲学「スキマ理論」って?

            

スキマ理論とはほんとうの「わたし」の在りかを感じ取るための念です。

人生は選択の連続でできています。

でも、人はほとんどの選択を条件反射でしてる

かもしれない。

そう、自分の真実で選んではいない

かもしれない。

「自分の選択です」と口では言うけど、

それは記憶をなぞっているだけかもしれない。

 

ほんとうに

今の

自分で

選択しているのだろうか?

過去の自分基準

親の喜ぶ基準

人が評価してくれる基準

そういったもので選んでいるかもしれない。

その判断基準から離れるために、過去のトラウマや痛い経験を書き替え

なくてもいい。

私はそう思っています。

ただ、ほんとうの「わたし」で

感じてみればいい。

ほんとうの「わたし」はスキマにいます。

だから、スキマ理論。

スキマという概念を思考に入れる。

すると、五感はいつでもフルアテンションとなる。

こういう時はこう感じるもの、

という枠の中では

「わたし」に触れることはできない。

 

 

五感を縛る枠を外して、

今の自分で感じることができたとき、

スキマにいる

ほんとうの「わたし」に出会う。

思考で作られた不幸せを

解放された五感と思考で仕分けていく

新感覚の体感哲学

 

それがスキマ理論です。

 

 

 

もう少し、わかりやすく図解してみます。

見えないものを説明しているのですが、見える化してみますね。

 

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わたしが箱とするならば、箱はわたしを取り巻く世界(環境)の中に置かれている。

わたしの箱には入口と出口があって、

入口からは刺激が入り、

出口からは反応が出ていく。

図にすると、こんな感じです。

環境から見ると、刺激と反応の間に存在するのがわたし。

 

そして、環境から与えられた刺激はわたしの箱の中に入る。

刺激はまず、わたしの五感に触れる。

五感がわたしと環境との最初の接点です。

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 五感は刺激から受けたものを快・不快・どちらでもない等の信号に変えて感情&思考へ送る。

                                                                

 五感には、思い(過去の記憶や未来への期待)がへばりついていて、

実は五感と感情と思考は、ほぼ一緒くたになって感じています。

 

 

 

五感としては、ただ信号を送っただけですが、

その信号は瞬時に感情と思考と一緒になって、塊となってわたしに認識されてしまうので、それぞれで感じ分けるということが実は出来ていないのですね。

 

だから、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に、良いものと悪いものがあると考えてしまう。

でも、ほんとうにそうでしょうか?

 

 

わたしは、五感そのものには善悪はないと考えています。

五感だけを感じることができたら、そこには善も悪も存在しないのではないかって。

 

わたしを取り巻く環境をあるがままで受け取るためには、五感だけで感じる必要がある。

 

そこで、わたしはスキマを入れてみたのです。

スキマを存在するものとして、考えてみる。

このように。

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それは、言葉のない世界。

言葉は思考の産物だから、スキマ滞在中は言葉を浮かばせない時間です。

 

凍えた体でお風呂に入った瞬間のような、

暑い日に冷たい氷水を飲んだ瞬間のような、

 

ただ、感じるというスキマ。言葉のないスキマ。

 

言葉で「美味しいね!」「気持ちいいね!」と伝えてしまうと、

わたしは味わうことを止めてしまう。

だから、言葉をあえて浮かばせないように努力するのです。

 

五感のあとにスキマがあれば、わたしは自分でいられると思ったのです。

五感と感情が一気にかたまりで迫って来るから仕分けることはできないけれど、

感情があとから来るなら、

わたしは今のわたしでその時に望むものを選択できるかもしれない。

 

そう思い、繰り返し試行して到達したのが「スキマ理論」です。

 

 

苦しいことや痛いトラウマをほじくり出さなくてもいい。

ただ、五感とスキマに滞在しようとするだけで、

わたしは今のわたしでいられることに気づいたのです。 

 

そして、スキマに居ることができるようになると、

スキマに深度があることが分かってきました。スキマは次第に深くなっていくのです。

 

スキマは、やがてわたしに感情と思考の意味を教えてくれました。

 

感情はほんとうのわたしへの道しるべ。

思考は五感を縛りもするが解放もする、頼りになる先生でした。

そして、自由になった五感はわたしにしあわせをくれたのです。

 

それまでは、思考がしあわせを生むのだと思っていました。

五感は快感を生むもので、

ただ、五感で感じるだけでしあわせを感じるとは思ってもみなかった。

 

自由になった五感はしあわせをもたらす。

そのしあわせは、思考で作られたしあわせとはケタ違いなものだったのです。

 

 

 

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