これでスキマ理論がわかるショートストーリィ 7話

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スキマ理論を知っていただくために、

「スキマ理論のショートストーリィ7話」を書きました。

 

 

言葉と会話と文章に魅入られているわたしは隙間理論を小説形式にしました~。

いちおう、小説家なのです(一冊出版しています)。

 

書いている間、とても幸福でした。

渾身の7本です。どうぞ、楽しんでやってくださいませ!

 

7話で理解できるように、構成を練って練ってパーフェクトな仕上がりになっています笑。

~~~~~~~~~~~~


主人公の女性「わたし」。
彼女が想いを寄せる「彼」。


小説の中には、ワークも登場します。
読み進むうちに「スキマ理論」の概要を知ることができます。
また、主人公「わたし」のセリフを通して、

桧山尚子が人生において大切にしていること、
フォーカスしていることも同時にお分かりいただけると思います。

 

登場人物の「わたし」と一緒に、
彼女が小説の中で味わうことを一緒に味わってください。

 

彼女が試みることを一緒に試みてください。
彼女の変化を感じたら、あなたも一緒に変わっていってください。
その時、「彼」はどうするのでしょう…?

 

7話が終わる時、
あなたの手元にプレゼントが残るでしょう。
それは無から有を生むという体験です。
   
どうぞ、ショートストーリィ 7話を楽しんでくださいね。

1日1話ずつ、ワークとともに進めることをお勧めします。

でも、せっかちさんは一気読みされるのかもね。

 

 

 第1話「運命の男 運命のわたし」

 

わたしは想いを綴るのが好き。

言葉を紡ぐのが好き。

 

気持ちのよい風が吹く爽やかな

午前中の空気の中で、

わたしは愛用の青いA5ノートを開いて今の想いを綴っていた。

 

 

 

わたしは片想いをしていた。

 

今まで出会った中で最高の男性だと思える人に。

彼はわたしに少し興味を持ったの。

でも、なにも言ってはくれない。

彼はわたしを好きになってくれるのだろうか。

 

 

 

わたしは手を挙げても、自分は指されないだろうな

と思ってしまうタイプだった。

ずっと、子供の頃からそうだった。

 

他の子が指されても、私には目を留めてもらえないだろうと思っていた。

なぜそう思うのかと聞かれても、答えられない。

きっと、私は素通りされるだろうと思ってしまうだけ。

 

 

指されないだろうと決めつけていなければ、手を挙げることさえできない。

たぶん、がっかりしたくないために、

先に悪い方へ着陸しておくのだろうと思う。

 

 

 

それを辞めるにはどうしたらいいのだろう。

 

誰かを好きになっても、その人が自分を好きになることが想像できない。

いつも、叶わない恋や終わりの見える恋に嵌るのだ。

 

両想い恐怖症。

 

それはとりもなおさず、覚悟を持っていないという、

私の基本精神の表れだった。

私は幸せを自分に許さない。

 

 

 

それは受け入れてもらえないよりも、

一人の今の方が幸せだから。

落ちるのが怖くて飛び立てない、

取り残されたひ弱な最後のつばめの子のように。

 

相手から必要とされていない、

それはいつも私が思うこと。

 

 

 

だから、強い立場に立ちたがる。

 

助ける側、世話する側、教える側、与える側に。

それは、絶対的な安心感だ。

 

 

与えるだけの方が、求めて得られないことよりも耐えられる。

与えるだけの方が、ずっと確かな居場所が確保されているもの。

 

 

 

「好きになった人から求められないだろう」それは私がいつも決めていること。

どうやって求められる私になろうか、でさえない。

どうやったら、誰かが求めてくれるかもしれないと

私は私自身に思えるのだろうか?

 

そこが、一番、遠い。

 

 

 

 

それは、自分でそうと決めるより仕方がないんだろうね。

何の根拠もなく、ただそうだと決めるよりほかに。

自分の中に誰かを住まわせる覚悟はない、私には。

だって、今の方が平穏で穏やかで自分でいられるから。

 

なのに、こんなにも寂しい。

 

 

 

好きだと彼から意思表示をして欲しいと、ほんとうは求めてはいない。

決められた段取りのようなものが欲しいんじゃない。

 

 

 

 

 

ずっと、おんなじことを繰り返しているような気がする。

 

実際やっていることは違ってても、本質的にはいつも同じことを繰り返しているような気がする。

ただ、ほんとうに欲しいものを手に入れていないのは分かってる。

 

いったい、邪魔しているものは何なんだろう?

 

なぜ、正解の周りをぐるぐる回っているようなもどかしい思いがするんだろう。

 

 

答えに近づいているような気はするのに。

ここから答えに飛び込めない。何かが邪魔をしているんだ。

 

 

彼の顔を思い出してみた。

 

さしてハンサムじゃないし、しゃべりも今いち。

でも、彼はいつも堂々としているの。

根拠のない自信がたっぷり。

そこが一番、魅かれるところね。

 

きっと、わたしには持てないものだから。

でも、手に入れたい。

自分のほんとうに欲しいものを。

ほんとうに欲しいものはなに?

 

 

 

 

たぶん、それはわたしの根源的な望みに近いもの。

わたしの存在そのものに関すること。

 

ほんとうに欲しいのは、

ただ、ここに居てもいいという許しが欲しいだけ。

わたしに価値があると、その確かな証が欲しいだけ。

 

彼を好きなのはほんとう?

それすらも、疑いたくなる。

でも、彼を好きなのはほんとうね。

 

目が合うだけで、わたしをこれほど満たすのだから。

彼が満たしているの?

いいえ、わたしが。

 

わたしが満たしている。

彼の存在はわたしの内側にある愛を揺らすだけ。

愛はすでにわたしの中にある、豊かに。

そう感じる。

 

 

 

 

 

いいわ。

必ず彼がわたしを必要としてくれると、わたしとにかく信じてみる。

彼を信じてみる。

自分と同じくらいに彼を信じてみる。

自分と同じくらいに?

自分でも大して、信じていないのに?

 

そう、わたしは

自分自身を信じる方法を考え出さなくては!

そう、手を挙げれば必ず指してもらえると思えるほどに。

 

 

 

 

その夜、

わたしは急に思いついて、ずいぶん前に習った瞑想の講座を思い出しながら、

10分間ほど瞑想をした。

 

ベッドの上に胡坐をかいて楽に坐り、しばし瞑目する。

その瞑想法とは聞こえる音をただ聞いて、耳で出来るだけ追い続けるという簡単なものだった。

10分間ほど瞑想した後、わたしは瞑想状態のまま湧きあがる衝動のままに青いノートに文章を綴った。

 

 

『存在するとは、こういうこと。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

敬意を払ってください。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

在(あ)ることに気づいてください。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

わたしはあなたの存在に影響します。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

あなたの存在に影響されます。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

変わっていきます。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

惹きつけられます。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

なにかを引き寄せます。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

なにかを弾き飛ばします。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

弾かれて飛んでいきます。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

なにかを待っています。

私はただ、ここに在(あ)るので、

待たせています。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

相乗効果を生みだします。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

邪魔をします。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

主張しています。

 

私はただ、ここに在(あ)るので、

在(あ)ることを確かめに来て下さい。

 

 

最後に、わたしは言葉でわたしの存在を承認します。

はじめに言葉ありき。太古の時代より、存在より前からはじめに言葉があったのです。

 

わたしは、わたしの存在を許す。

一瞬一瞬、わたしの存在を許す。

わたしがそこに、ここに、どこにでも、存在することを許す。

いつでもどんな時も、わたしはわたしの存在を許す。

 

わたしは存在する。

ただ、今ここに在(あ)れ。 』

 

わたしは、書いた文章を10回声に出して読み上げた。

 

 

 

10回、声に出した後、

わたしは目尻に滲(にじ)んだ涙をぬぐった。

 

 

ただ存在するということには、何の説明書きも尾ひれも必要がないんだ。

ただ在る。在り続けている。そこに意味はない。

意味付けする必要などないんだ。

 

なぜなら、存在しているから。

 

もうすでに存在するというのに、それ以上どんな説明が要るというのだろう。

 

 

わたしは存在している。

 

 

その夜は、しあわせな気持ちで床に就いた。

 

 

(第1話 完)

 

 

~~~~~~~~~~~

 

≪ 今日のワーク ≫

彼女が瞑想後に青いノートに書いた文章を10回声に出して読み上げてください。

 

10回は多いな、とお感じになったと思います。

このワークはハッキリと発声した自分の声をある程度の時間、カラダに響かせることで効果を発揮します。

個人差はありますが、5回目以上からその効果を感じて頂けるかと思います。

少し時間はかかりますが、カラダに響かせる意識で丁寧に読み上げてみてください。

 

 

 

お読みいただき、ありがとうございます。

第1話「運命の男 運命のわたし」は、いかがでしたでしょうか?

どうぞ、明日も楽しみにしていてくださいね。

 

あなたがほんとうの望みに辿(たど)りつけますように。

大切に読んでいただいてありがとうございます。

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~”

 

 

 

 

 

第2話「わたしと理想条件」

 

 

わたしは、ようやっと気がついたのだった。

存在しないものを信じることも許すことも出来はしないのだ、

ということに。

 

わたしはまず、わたしを存在させた。

                           

 

 

変な言い回し。

わたしを存在させるって。

 

でも、わたしはわたしを消すことも、

居ない振りをすることも、

感じなくすることも

自由にできる。

 

それが存在してみて初めて分かった。

 

 

こうして存在してみると、

わたしがわたしの存在を認めていない頃よりも、

わたしが彼を求める気持ちは軽くなっていると気づいた。

 

 

 

たぶん、存在以前のわたしは

彼を求めていたのではなくて、

彼に求められることによって、

わたしの存在を感じたかったのだと思う。

 

誰かに強く求められるから、(特に異性から)

確かに存在することができると無意識に思っていたのだと。

 

 

 

 

 

たぶん、全部おなじね、きっと。

片想いの妄想も過食も、根本は同じところから来る。

 

確かに存在したい、

という命の求めに応じて、

わたしは行為する。わたしは思想する。

きっと、そうなんだ。

 

 

彼に求められたい。

それはほんとうで、嘘。

 

求められたいではなくて、求めたい。

ほんとうは、わたしが自分を求めているんだね。

 

 

 

 

求めるとは、欲しがること。

欲しがるとは、快感を得たいということ。

快感を得たいとは、自分を感じたいということ。

自分を感じたいとは、自分を存在させたいということ。

 

 

 

 

自分の存在を許す。

 

 

いいえ、存在は存在だから。

誰の許しも要らないはず。

いま気づいた。

 

許して欲しいというのは、存在を許さない自分がいるからなのだと。

条件をクリアすれば、存在を許す。

条件をクリアできなければ、存在を許さない。

 

 

それは間違っている。

もう、わたしはわたしを存在させたから。

今は分かる。

 

 

 

存在しているものは、

すべて存在を許されている。

 

いいえ、それではまだ十分じゃない。

存在するものは既に存在しているから、

無条件でただ在れるから。

許しはいらない。

 

 

 

わたしの存在も

彼への想いも

ただ存在しているから、許しはいらない。

なんの条件もクリアしなくていい。

 

ただ、ここに在る。

それだけで、ここに在るだけで十分。

 

 

 

わたしはようやっと気がついたのだった。

存在することに何の努力も必要ない。

もう、存在が在るのだから。

 

 

 

彼への想いは、

わたしがわたしを存在させたことによって、純化した。

 

 

わたしにとって彼への想いは、

わたしの存在が許されるための条件ではなくて、

ただ、大切な美しい存在を求める想いになった。

 

 

 

 

わたしはふと思い出して、

つれづれに書き連ねている青いノートを開いてみた。

彼に出会う以前に、わたしは「理想の男性の条件は?」というテーマで数ページを埋めたことがあった。

 

 

『 理想の男性の条件は?

       ・自分の基準を持っている

       ・優先順位を決められる

       ・時には捨てることもできる

       ・人に感謝することができる

       ・自分に自信がある

       ・一人でいることも楽しめる 』

 

それらを見ているあいだに、

わたしは気づいたのだった。

 

 

この条件たちは、

わたしの存在をより確かなものにするための条件として、書かれたものであると。

 

『 理想の男性の条件は?

       ・自分の基準を持っている

→(一般の基準からでなく)わたしを好きでいて欲しい

      

・優先順位を決められる

→(誰が何と言おうと)わたしを一番にして欲しい

      

・時には捨てることもできる

→わたしの邪魔をするものは捨てて欲しい

      

・人に感謝することができる

→わたしに感謝して欲しい

      

・自分に自信がある

→わたしを選んだことを後悔しないで欲しい

      

・一人でいることも楽しめる

→他の女性に目を移さないで欲しい    』

 

 

いやいや……。

恐ろしい。

まったく、恐ろしい。

だけど、笑えるほど正直なわたしなのだった。

 

わたしはうれしくなって、

新たに理想の男性像の条件を思いつくままノートに列記し、それらをわたしの存在をより確かなものにするための条件として読み解き、並べて書き連ねた。

 

それらは、A5ノート4ページを埋め尽くした。

 

いやいや。

正直なわたしが紙面に溢れていて、うれしくて一人笑い転げた。

 

 

 

(第2話 完)

 

 

~~~~~~~~~~~

 

≪ 本日のワーク ≫

理想の男性像の条件を思いつくままノートに列記し、それらをわたしの存在をより確かなものにするための条件として読み解き、並べて書き連ねてください。

 

読み解きのコツは、ズルい、エグイ感じの性悪女(もはや死語?)という設定で読み解いていくと良いでしょう。

たまらなくスカッとすると思います。

自分の求めているものに出会ってくださいね。うふふ。

 

 

 

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

第2話「わたしと理想条件」は、

いかがでしたでしょうか?

どうぞ、明日も楽しみにしていてくださいね。

 

あなたがほんとうの望みに辿(たど)りつけますように。

大切に読んでいただいてありがとうございます。

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~“

 

 

 

第3話「わたしの女性性と男性性」

 

 

わたしは、気づいてしまった。

 

わたしはわたしを存在させて、

                                         

わたしはわたしの望みがなんであるかを詳細に見た。

                                         

それはどうしようもないほどに、自分本位な望みであった。笑えるほどに。

 

 

 

つまり、わたしは選択を迫られているのだ。

わたしは自分の力でわたしを存在させることはできたけれども、

わたしは男性の助力なしでは、わたしの望みを叶えられないことを知ったので、

 

その上で、

どういう男性を求めるか?

 

 

思案した。

彼を好きなのはほんとう、であるけれども、

彼があの望みをすべて叶えてくれそうもない。

(気がする。そこまでよく知らないけど)

 

 

思案した。

思案するくらいに、

わたしは自分の望みを叶えたくなっていた。

 

 

彼への執着の出所がはっきりと分かってきた。

彼への執着の半分は、

わたしの存在の不確かさから。

わたしがわたしを存在させたあとでは、彼への想いは純化した。

 

 

彼への執着のもう半分は、

わたしをより確かに存在させるための存在条件だからだった。

それは理想の男性の条件というより、わたしの望みを叶えてくれる男性の条件だった。

 

わたしが相手の男性に求めているのは「わたしの望みを叶えて」という、

とてもシンプルな願いだった。

 

かぐや姫のような昔話の例を引くまでもなく、昔っから女性がやってきたことだった。

 

 

 

 

わたしはわたしという存在と同時に、

わたしの中の女性性にも対面することになった。

 

 

 

今までもわたしは女性として生きてきたけれども、

存在していない女性としてだったので、それはお話にもならない。

 

でも、今はわたしは存在していて、

存在する女性として生きているので、

わたしの内面の女性性と今こそ対面できると思った。

 

 

 

 

いつもの青いノートを取り出すと、

ページの左側に「わたしの女性性」と書き、右側には「わたしの男性性」と書いた。

そして、思いつくままに「わたしの女性性」と問われて頭に浮かぶ事柄を左側に、「わたしの男性性」を右側へと書き込んでいった。

 

『      わたしの女性性

       7歳くらいの小さな裸足の少女

       白いワンピースを着ているが、古びて破れている

       厚い鉄の扉の奥に幽閉されている

       無口でほとんどしゃべらない

       昔は友達もいたような気もするが記憶が曖昧である

                                                                                   

       わたしの男性性

       30代くらいの逞しい肉体を持つ戦士

       重厚な戦いの装束に身を固めている

       深い森の中に住んでいる

       平原で敵と戦っている

       常に勝利を目指している              』

 

 

 

愕然とした。

 

これは…。哀しい。

 

男性だったんだ。わたし。

 

 

申し訳ないことしてきたんだな。

ごめんね、わたしの女性性。

 

放っとかれ過ぎてる。

これは酷い。

せめて、ちゃんとした服くらいは着せてあげたい。

 

 

 

わたしは、坐って瞑目し、10分間の瞑想に入った。

わたしの女性性に思いを集中し、どうか服だけでもきれいなものを着せてあげたいと願った。

 

静かに長く深い呼吸をしようとしても、とても無理だった。

哀れな少女を想って、涙があふれてきたから。

 

 

>>>>>>>

ごめんね、わたしの女性性。

わたし以外、誰もあなたの世話はできないのに。

 

これからは、あなたに会いに行くわ。

わたしから会いに行きます。

 

 

だって、あなたは助けてと言ったりしないから。

 

わたしが気をつけていないとダメね。

あなたが寂しくないかどうか、

毎日楽しく暮らしているかどうか、

わたしがいつも気をつけていないとダメね。

ごめんね。

 

わたしこそがあなたの味方のはずなのに、私は逃げた。

 

ごめんなさい。

気づいていたのに来れなかった。怖くて。

見ないですませられるなら、

わたし、見ないですまそうとしたの。

怖くて、怖くてここに来れなかった。

 

 

あなたに会うのが怖いって変ね。

でも、正直に言うとそうなの。

 

ほんとうのわたしに会うのが怖かった。

弱くなりそうで怖かった。

 

 

でも、弱くなるなんて、それは嘘。

だって、わたしは最初から弱かったんだもの。

あなたを閉じ込めても何も変わらなかったのに。

>>>>>>>>

 

 

そうわたしの女性性に語りかけた瞬間、まぶたの裏でイメージが広がった。

うずくまっていたわたしの女性性は立ち上がり、鉄の扉を開けて扉を外に押し開いた。

 

一歩あるくごとに彼女の背は伸び、育ち、あっという間に13歳くらいの女性になった。

 

わたしは驚き、そして怖くなった。

罵られるのか、怒鳴られるのか、とわたしは怯えた。

 

でも、それも当然だと思ったの。

女性性の存在を無視し、閉じ込めてきたのはわたし。

むしろ、罵って欲しいんだと思った。

 

 

意外にも、

彼女は静かに私をみつめるだけだった。

わたしは目を逸らしそうになりながら、必死でわたしの女性性をみつめていた。

 

わたしは心を込めて語りかけた。

 

>>>>>>>

あなたを封じ込めたことがどんなにバカなことだったか、今は少し分かってきた。

あなたの味方でいると決めたわ。

今、これから。

 

 

どのような状態になろうともあなたと離れ離れになったりしない。

どこまでも一緒に行く。

どこへでも一緒に行く。

どんなところへだって。

 

 

わたしはあなたと完全になりたい。

 

 

ひとりではもう生きられないから。

だって、幸せじゃなかったもの。

あなたと一つにならなければ、わたしはずっと足りないままだから。

 

わたし、あなたのために何でもする。

なにも出来ないときでも、わたしの心を差し出すわ。

わたしの心しかない時にはわたしの心をすべてあげるわ。

>>>>>>

 

 

瞑想どころじゃなかった…。

もう、ぐちゃぐちゃに泣いてたから。

子供のように泣きじゃくっていたから。

 

胸の真ん中であかるいオレンジ色の灯がともっていて、

それがゆっくりとゆっくりとカラダの隅々に広がっていった。

 

不思議な安心感に包まれて、わたしはわたしの女性性に語りかけた。

 

 

(第3話 完)

 

 

~~~~~~~~~~~

 

≪ 本日のワーク ≫

「わたしの女性性」と「わたしの男性性」と問われて頭に浮かぶ事柄をおもいつくままに書き出す。

そのあと、安心安全な場所で心をおちつけて、自分の女性性に語りかけてみる。

 

「わたし」の例にこだわらず、どんな事柄でもいいのです。

思いつくままペンを走らせる方がいろいろなものが現れてきます。

自由に楽しんでみてください。

思いつくままに。

語りかけについても、今日の気分や心理状態に合わせて、無理せず行ってみてください。

心のままに。

 

 

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

第3話「わたしの女性性と男性性」は、

いかがでしたでしょうか?

どうぞ、明日も楽しみにしていてくださいね。

 

あなたがほんとうの望みに辿(たど)りつけますように。

大切に読んでいただいてありがとうございます。

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~“

 

 

 

第4話「五感と感情のスキマ」

 

 

今日、彼に会ったの。

 

でも、意気消沈しています。

またいつものように訳の分からない重い雰囲気になってしまったから。

 

 

どうして、あんな空気になってしまうんだろう。

どうして、わたしの挙動はおかしくなってしまうの。

彼の前に限って。

 

あの場では気づけなかったけど、

こうやって部屋に戻って冷静になってみると、

少し分かってきたことがある。

 

 

 

それは、ここ最近のわたしの気づきと体験に支えられているからだった。

 

わたしはわたしを存在させ、

わたしの女性としての望みをみつめて、

わたしの女性性と繋がったから。

                                  

 

この一連の体験は、

わたしを内側から強くした。

 

この体験によって、

常にわたしはわたしで在り、

わたしの望みを恐れず持っていることができるようになった。

 

 

 

わたしは大きな気づきを得た。

 

 

自分の内面にはスキマがあるのだということに。

そのスキマの奥に

ほんとうの自分とつながる道があるのだということに。

 

 

 

つたいないながらも、説明してみるね。

 

わたしが箱とするならば、箱は世界の中に置かれている。

 

わたしの箱には入口と出口があって、

入口からは刺激が入り、

出口からは反応が出ていく。

図にすると、こんな感じ。

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世界から見ると、刺激と反応の間に存在するのがわたし。

 

そして、世界から与えられた刺激はわたしの箱の中に入る。

刺激はまず、わたしの五感に触れる。

五感は刺激から受けたものを

不快

どちらでもない、

の信号に変えて感情&思考へ送る。

 

 

感情は、

五感が信号化したものを受け取って、

「あ~、それそれ!欲しかった~。うんうん、良いわぁ~」

「あ~、これ聞いたことあるわ、へぇ、あら、楽しいわ。」

などを感じていきます。

 

 

思考は、

五感が信号化したものを受け取って、

「また要らないものが来たよ、ケッ。とりあえずスルーしとこうっと。」

「これ、前も良かったんで、キープしとくね。」

などを決めていきます。

 

 

五感には、思い(過去の記憶や未来への期待)がへばりついていて、

実は五感と感情と思考は、ほぼ一緒くたになって感じている。

 

 

だから、思ってた(過去の記憶や未来の期待)のと違うなあと感じると

「不味いなあ、いつものが食べたいよ」

「うへぇ~、なんじゃこりゃ気持ち悪い」

 

と、なってしまいます。この期待外れ、瞬間に怒りに転じますね(笑)。

 

 

 

五感としては、ただ信号を送っただけですが、

その信号は瞬時に感情と思考と一緒になって塊となってわたしに認識されてしまうので、

それぞれで感じ分けるということが実は出来ていないのですね。

 

だから、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)そのものに、良いものと悪いものがあると考えてしまう。

でも、ほんとうにそうかな?

 

 

そこで、わたし気づいたんです。

 

五感そのものには、善悪はないんじゃないかなって。

五感だけを感じることができたら、

そこには善も悪も存在しないのではないかって。

 

 

彼が何もしなくても、

あるいは彼が何かをしても、

それを目にするわたしの視覚は、ただ彼を見てるだけなんだって。

 

わたしの視覚は彼を見ているだけ。

わたしの五感は世界を受け取っているだけ。

 

 

 

なら、

いつそれが

好きや嫌いに変わるんだろう。

いつそれが

怒りやつらさに変わるんだろう。

 

 

 

それは今ではない、ということ。

それは過去からの記憶。

あるいは未来への期待。

 

 

刺激が起きる前に、

五感で受け取る前に、どう感じるかは決定しているんだってこと。

感情が決定しているどころか、終わりの反応まで決定してる。

 

 

彼を目にしただけで、わたしは普段のわたしでいられなくなる。

刺激と反応まで一直線の高速道路。ワンウェイハイウェイ(笑)。

 

わたしという箱を素通りして、ただ決まった反応を返すだけの条件反射な生き物と化す。

 

 

それは、困る。

どう変えよう?

 こう変えよう!

 

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五感と感情&思考を切り離せばいい。

ちょっと、一息つくスキマがあればいい。

こんな感じ。

五感のあとにスキマがあれば、わたしは自分でいられると思う。

五感と感情が一気に来るから、高速道路に乗ってしまうけど、

感情があとから来るなら、

わたしは今のわたしでその時に望むものを選択できるかもしれない。

 

わたしは瞑想の時間を思い出してみた。

瞑想は感情や思考を休ませている時間。言葉のない時間。

 

 

言葉のない?

 

言葉を浮かばせなければいいのかも。

それやってみよう!

 

 

ほんの数秒でいい、時間が止まったかのように自分の中の時計を止めてみる。

 

 

周囲の音を数秒聞いてから、返事をしてみる。

服を選ぶ時に、布地の手触りを数秒楽しんでみる。

ご飯を食べている時に、口の中で味が変化していくのを数秒味わってみる。

 

数秒間のあいだは、言葉にしない、言葉を浮かばせない。

言葉は思考とつながりやすいから。

あえて、言葉を浮かばせないで。

 

 

 

ふと、子供の頃を思い出していた。

 

・近所の人と立ち話している母親の後ろで、母のカーディガンの裾をもてあそんでいた感触。

 

・お豆腐屋の笛の音を、いつまでも飽きずに真似していたこと。

 

・犬の散歩の途中に、道脇の家の浴室の窓から漏れてくる石けんの香りを嗅いだ時。

 

・毎週土曜日の午後に飲んだ、挽きたての粉で煎れたコーヒーで作ってくれたコーヒー牛乳の味。

 

・近所の神社の境内にある大イチョウの木から舞い散る葉で敷きつめられた一面の黄色の小道。

 

 

五感とともに情景が浮かんでくる。

五感はなんて豊かなんだろう。

五感が苦しみをもたらすなんて、

そんなのおかしいよ。

 

五感はこんなにもしあわせだもの。

 

 

彼を見ると、私の挙動がおかしくなるのは

高速道路で条件反射だから。

 

五感と感情のあいだにスキマを入れて生活してみる。

 

 

 

わたしは五感で感じ、スキマに居たままで、彼を目に映そう。

どう感じようとか、決めてしまわずに。

過去の記憶や未来の期待で反応を決めてしまわずに。

 

五感をただ、受け取ろうと思う。

 

 

五感はただの五感で、

そしてしあわせだから。

 

わたしは豊かな思い出とともにそれを知っているから。

 

 

 

(第4話 完)

 

 

~~~~~~~~~~~

 

≪ 本日のワーク ≫

五感と感情のあいだにスキマを入れて生活してみる。

 

それは、あなたが何かを見たとき、聞いたとき、嗅いだとき、触ったとき、味わったとき、

ほんの数秒、立ち止まる感覚です。

深い瞑想状態に入ろうとがんばらなくていいです。

 

数秒、言葉を心に立ち昇らせないだけ。

それはお風呂に入って、「ふう~~」とため息をつくような数秒。

それがスキマです。

言葉。感情。思考。は、ちょいと遅れて後ろからやってくる。

 

ポンとスキマに入る。

そんな感覚でトライしてみてくださいね。

大丈夫、だんだん上手くなっていきますから。

 

 

 

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

第4話「五感と感情のスキマ」は、

いかがでしたでしょうか?

どうぞ、明日も楽しみにしていてくださいね。

 

 

 

 

あなたがほんとうの望みに辿(たど)りつけますように。

大切に読んでいただいてありがとうございます。

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~“

 

 

第5話「2500年前のスキマ」

 

  

スキマ生活もだんだんと慣れてきた。

 

スキマとは、

五感をただ味わおうとするときに、

滞在することが可能となる心の中のある空間。

スキマ。

                                         

 

それは例えば、

ゴミが散乱する場所を目にしたら、

すぐ怒りに囚われ、怒った顔でぶつぶつ言うのではなくて、

 

目にした時、数秒スキマを意識してみる。

ただ、目にしたものから、感情も思考も遠ざけたまま数秒。

 

スキマはほんとうの無限の自分に触れられる場所。

そこには、汲めども尽きぬ泉が存在している。

 

 

 

ほんの数秒スキマに居ただけで、

(怒りを湧かせて、怒った顔を作るのに必要な同じ時間で)

後ろのドアが開いて、

箒を持った人が近づいてきているのに気づけたかもしれない。

 

 

その時のわたしの怒りは、生まれる必要のなかった怒り。

わたしにも、誰にも、世界にも必要のなかった怒り。

もしかして、その怒りがゴミ以上にわたしを、

そして世界を汚しているのではないだろうか。

 

 

ただ難しいのは

スキマを意識できるのが、リラックスできている時だけということ。

それじゃあねぇ…。

 

プレッシャーがかかっている時、周りの環境が素早く変化していくとき、

わたしはスキマに留まれなくなる。

 

 

自分の時間にいる時にスキマに居ること。

誰かの時間で動いている時にスキマに居ること。

静中のスキマ。

動中のスキマ。

 

どちらも出来るようになりたい。

だって、彼の前で仏像のように半眼で坐っているわけにいかないもの。

 

 

 

スキマ。

 

最近、これと同じ考えを2500年前に考えついた人がいたのを知って驚いたの。

 

それはお釈迦さま。

ひょえー、お釈迦さまと同じこと思いついたなんて、わたしすごいわ。

 

 

でも、お釈迦さまはさらに偉かった。

わたしが分けたのよりも、ずっと細かく分けていたの。心を。

カラダが1つ、心を4つに。全部で人間は5つの部分から成ると教えてたそうな。五蘊(ごうん)。

色・受・想・行・識

 

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図で書くとこんな感じ。

さすがにお釈迦さまと思ったわ。

僭越ながら説明させて頂きます。

 

 

刺激がわたしに入り、まずは五感である受で受け取る。

 

次は想へ。

すると想は「あ、知ってる。あれでしょ?」と、昔の感覚と結びつける。

知らないことも何かしらと結びつける(強引)。

 

お次は行。

行は「これは、こういんもんでしょうよ。」と、判断がすぐに出来るように今までの思考に関連付けてく。

 

最後は識。

識は「~~と判断する。」そして行動へと指令を出す。

ここまでが、瞬間的に起こる。

 

 

これが五蘊のわたし解釈。

お釈迦さまは五蘊が人の苦しみを作るもとと言ったそうな。

つまり、自分の中ってことね。

 

 

五蘊の中では、特に想と行がくせものよね~。

ほとんど、苦しみは想と行で作られるんじゃないかな?

だって、五感そのものに善悪はない。

好悪もない。

 

のだけれど、

あとにつづく想と行には、

「これは例のあれね。つまらないもの寄越すわねえ~」

「またあの嫌なことが起こった、あ~いやだ~」

という、過去の感情と思考に結び付ける段階だから。

 

 

 

スキマに居ればそれは起こらない。

 

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スキマ理論では、五蘊でいうところの受のうしろにスキマを入れるの。

つまり、想も行も五感から切り離されるから。

五感で刺激を受け取っても条件反射の高速道路、ワンウェイハイウェイには乗らない。

お釈迦さまは五蘊が苦しみを作るもとだから、

それぞれをよくよく勉強しなさいと言ってたらしいの。

 

 

それは、わたしにも納得できた。

わたしが五感と感情の間にスキマを入れられるようになって、わたしと彼のあいだの空気が変わってきたから。

 

 

以前のわたしは過去あるいは未来にいて、彼に反応を返してた。

スキマに居るわたしは今に在るので、

わたしの反応はわたしにも予測できないの。

スキマに居るから。

 

でも、以前よりずっと自由。ずっと心地好い。

 

 

 

2500年前に似たような(もっと凄いけど)ことを考えていた人がいたんだと思ってうれしかった。

考えてみれば、あたりまえよね。

 

 

誰だってよくよく考えてみれば、そこに行きつく。

自分が自ら苦しがってるんだってことに。

そのおおもとをみるのは辛いけど、それでも見るしかない。

 

自分の辛さがどこからくるのか、よく観察して、よく考えて、良さそうなこと試してみて、

それを繰り返していくしかないんだってこと。

 

 

 

スキマに居る。

 

五感を感じて、スキマを意識する。

わたしの心にスキマという空間があるのだと意識してみる。

そして、ただ五感を感じたまま、言葉を浮かばせない数秒。

それで、スキマに居られる。

 

五感は五感でいさせておく。

以前の感情や思考とすぐに結びつけないように。

 

 

慣れてくると、スキマには深度があるのだと分かってきた。

スキマの深さが深まっていくの。

 

スキマに深く沈みこむとき、その時、世界は別な言語で話しだす。

世界は異なった色と香りを伝えてくる。

初めて出会うかのような、でもあるがままの世界。

 

(第5話 完)

 

 

~~~~~~~~~~~

 

≪ 本日のワーク ≫

なにかを目にした時、数秒スキマを意識してみる。

ただ、目にしたものから、言葉も感情も思考も遠ざけたまま数秒のあいだ、心をあなただけにしておく。

 

2500年前のスキマによって、スキマ理論がより理解しやすくなったのではないでしょうか。

お釈迦さまは五蘊全部を勉強しなさいと言っていたらしいのですが、

スキマ理論では、スキマだけ。

スキマに居ることができれば、条件反射の高速道路を楽にやめることができます。

スキマに居るためには、五感を味わうこと。それに尽きます。

五感を味わうと、世界は別な顔を見せてくれます。

新世界にわくわくしながら、トライしてみてくださいね。

 

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

第5話「2500年前のスキマ」は、

いかがでしたでしょうか?

どうぞ、明日も楽しみにしていてくださいね。

 

 

 

 

あなたがほんとうの望みに辿(たど)りつけますように。

大切に読んでいただいてありがとうございます。

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~“

 

 

第6話「感情がもたらす幸福な降伏」

 

 

 

2500年前にあった自分の内面を知る考え方。五蘊(ごうん)。

 

わたしの今試している自論は、

スキマ理論。

 

それらはある共通点を持っている。

つらさは自分の中で作られてるんだってこと。

 

 

 

 

でも、つらいという思いはいけないものなんだろうか?とも思うの。

 

 

だって、五感は同じ刺激にいずれ何も感じなくなってしまう。

臭い匂いにも、良い香りにも、鼻はいずれ何も感じなくなってしまうもの。

もしも五感が人間だとしたら、

 

五感君が一番喜ぶのは…

 

ズバリ、変化する刺激だと思う。

 

ただ、刺激が変化していくことが五感君の喜びだと思う。

 

 

同じもので安心したいのは感情や思考の方で、

五感は安心したいんではなくて、

いつも違っていたい。のではないかな。

 

五感は同じ刺激を受け取りつづけると、どんどん鈍くなる。

 

 

ご飯食べて、ご飯食べて、ご飯食べて、ご飯食べても、美味しくなくなっていく。

 

ご飯食べて、お味噌汁飲んで、おかず食べて、またご飯食べて、お漬物食べて。

 

 

 

そうやって刺激が変化していくから、

五感は喜ぶ。

おかずがいつもより一品多いと、

思考が喜ぶ(笑)。

 

 

 

寒いのも、

暑いのも、

職場の人がどんどん変わっていくのも、

思考がつらいだけで

五感君は喜んでいるかもしれない。

 

つらい思いは五感を鋭くするかもしれない。

刺激が変化していく故に。

 

 

 

スキマを意識するようになって、

五感を五感で感じ始めていくと、

つらい思いは必要でもあると考えるようになった。

 

 

 

 

心地好い。

それが連続して続くと、五感は刺激を刺激として感じ取れなくなる。

 

感じない。

それは心地好いと言えなくなっていく。

心地好いであるために、

心地悪いはあるのだ。

五感はあっという間に同じ刺激に慣れてしまうから。

 

にがいは甘いのために

不幸せは幸せのために

つらいは楽のために

あるのだとしたら?

 

わたしの箱の中が思考だけでできているなら、

ずっと幸せでいい。

つらさなんかいらない。

 

 

 

でも、わたしの箱の中には五感もあるから、

変化していく刺激を欲しがる。

 

同じ刺激ではすぐに慣れて感じられなくなってしまうから。

 

感じない。

それこそがつらいの。

 

 

 

五感君の機嫌は感情が教えてくれる。

感情は五感と近い存在だから。

思考よりも。

 

 

うわ~面白い!という感情も

なんかつまんない、という感情も

五感君の機嫌を表している。

 

うわ~面白い!(刺激が変化したよ!)

なんかつまんない(同じ刺激だね…)

こんな風に。

 

 

でも、

思考は専制君主のように支配的だから、

「こうあるべきなんです」

「これしか受け付けません」

と、五感の感じ方まで強制してくる。

 

 

感情は五感と思考に橋を掛け、

仲良くさせてくれるけど、

思考の支配力が強すぎると、感情までもが感じ方を強制されてそれに従ってしまう。

 

 

わたしはスキマを知って、

五感を五感として感じ始めた時、

わたしの感情が次第に変化していくのに気づいた。

 

今までより感情が私に近づいてきた。

わたしになってきた。

 

感情とは五感を味わってこそ、

わたしの声でしゃべりだすのかもしれない。

 

遠かった感情が戻ってきたように感じている。

遠かったとさえ、気がついていなかったけどね。

 

 

 

でも、遠かったときでさえ、

感情はわたしにたくさんのことを教えてくれていた。

それに気づけてきた、最近。

 

何がつらいのか?どうつらいのか?

どこが嫌なのか?どう嫌なのか?

 

感情は、

わたしにもっと心地好くなる余地が

ここにあるよ、と教えていたのだった。

 

 

 

化粧直しに時間のかかる女性を腹立たしく感じていたのは、

感情がわたしに女性性へと目を向けようよ、と促していたのかもしれない。

 

注意が散漫で人の話を聞いていない人に腹が立つのは、

感情がわたしにもっと周囲を見渡してみたら、と教えていたのかもしれない。

 

 

 

わたしはいつもの青いノートを開き、腹を立てたり、嫌だという感情が湧いた事柄を書いた。そして、その下に感情がわたしに教えてくれたことを推測しながら書いてみた。

 

 

『 知りあって間もなくの彼が気になりだした頃に彼女がいると聞いた瞬間、わたしはガッカリして面白くないと感じたこと。

 

→ その頃は好きというはっきりした感情はなかったのに「なんかいいな!」と思う程度だったのに、あれほどがっかりしたのはなぜか?

 

→ 自分のものを取られた感覚?

いいえ、彼は自分のモノじゃないし。

 

→ つまり、わたしは彼にシングルでいて欲しかった。

好きになる前の彼なのに。

それは、なぜ?

 

→ 素敵な男性がシングルでいると、わたしはうれしいらしい。

それは、なぜ?

 

→ つきあえるかも?って可能性が見えるから?独りなのはわたしだけじゃないから?

 

→ 独りなのはわたしだけじゃない=(イコール)うれしい。最高にうれしいではないけど、まだマシって感情かな。

 

→ これって、スゴイ感情。 』

 

 

 

ふと、思い出した。

Loose×Loose の法則。

負け×負け の法則。

ビジネス界ではよく知られ、

心理学関係の本にも出てくる法則。

 

 

Win×Win の法則の方がよく知られてる。

自分を活かして、相手も活かして、

双方ともが勝者になる関係を作る法則。

 

 

 

Loose×Loose の法則。

相手を勝たせたくない。相手が勝たないのなら自分も勝たなくても堪えられる。

恐ろしいほど、スゴく人間の悪の部分が出てる法則。

 

勝たせたくない。

それって、

しあわせになりたい、じゃない…よね。

 

わたしを勝たせることを望むよりも強く、相手が勝たないことを望む。

 

 

よく巷では、

人の足をひっぱる人、とか

エネルギーを吸い取る人、とか言うよね。

あれだよね、わたし。

ルース×ルースなわたしは。

 

『→ わたしはLoose×Loose の法則を持ってる。自分にこれで生きろと言っているんだ。

相手を勝たせたくない。相手が勝たないのなら、自分も勝たなくても堪えられる。

ひょえー、恐ろしい。なんて恐ろしいんだ、わたし。

 

→ でも、不思議。なぜ、わたしを幸せにしようとするよりも相手を勝たせたくないと強く思うのか?

 

→ きっと、その方がより幸せだと思っているから。

 

→ 「わたしが幸せになる<(より)相手が勝たない」ことがわたしを幸せにする、と思ってて

 

→ 「わたしが幸せになる<(より)相手が負けている状態が続く」のをわたしは見たくて、

 

→ ??? わたしは幸せになりたいの?なりたくないの?

 

→ わたしは幸せをどう捉(とら)えているのか? (見たくなかったけど、見えてきた…。)

 

→ 幸せは誰かとの比較によって生まれる。そう思ってるんだよ、わたし。  』

 

 

………。

わたしはあまりの情けなさに目尻に滲(にじ)んできた涙をぬぐった。

わたしの幸せは誰かとの比較によって生まれるんだ。

なんて、なんて、貧相な幸せなんだろう。

 

幸せ?これ、幸せなの?

ちがう。

 

これは幸せなんかじゃない。

 

これは、

人の上に立つ快感。

人を下に見る快感。

 

 

人の上に立つ快感と人を下に見る快感を無数に集めて、

ようやっとわたしの幸せが作られるのなら、

そんなもの要らない。

それが欲しいんじゃない。

 

 

なら、何が欲しいの?

もし、一切の制限がないとしたら、

わたしはなにが欲しいんだろう?

 

 

『→ 幸せは誰かとの比較によって生まれる。そう思ってる。

 

→ 人の上に立つ快感と人を下に見る快感を無数に集めて、わたしの幸せは作られる。

 

→ いやだ、そんな貧相な幸せは要らない。

 

→ なら、何が欲しいの?わたしがほんとうに欲しいものはなに?』

 

 

わたしは書いた。

スキマの深みにいるほんとうの自分から湧いてくるものに従って。

 

それは、甘美な降伏だった。

 

 

 

『→ わたしを理解して欲しい。

わたしという存在に気づいて欲しい、

そして大切に扱(あつか)って欲しい。

 

あなたを理解したい。

あなたという存在を大切にさせてください。

わたしの望みはここにあります。

これが叶えられるとわたしは幸せです。  』

 

 

 

わたしの心には悪が潜む。

私が作り出す悪が。

わたしは日々内側で毒を生み出しているようなもの。

行為では良いことをしていても、

その悪の毒はきっと外に漏れだしていることだろう。

 

でも、

五感を味わい、

スキマに居て

湧いてくる自分の感情の導きに従うなら、

いつかそれを作り出さなくなる日が来るかもしれない。

 

 

 

自分の内側を善なるものだけで満たす日が来るかもしれない。

 

善なるもの?

たぶん、それはきっと愛とよばれるもの。

 

 

 

自分の内側を愛だけで満たすことが出来るかもしれない。

ぼんやりとその可能性を感じて、

わたしは泣いた。

 

 

(第6話 完)

 

~~~~~~~~~~~

≪ 今日のワーク ≫

腹を立てたり、嫌だという感情が湧いた事柄をノートに書いてみてください。

そして、その下に感情がわたしに教えてくれたことを推測しながら書いてみてください。

 

推測するうちに、心に抵抗が生まれるかもしれません。

こころが抵抗を示すとき、スキマを意識してみてください。

スキマに沈み込む感覚で。

どんなに変だと思っても、連想で湧いてきたものをただ書いてみましょう。

そこに判断は要りません。

ただ、ノートを眺めてみましょう。

あなたの存在こそが最高で最強なんですから。

 

 

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

第6話「感情がもたらす幸福な降伏」は、いかがでしたでしょうか?

明日はいよいよ最終話です。

どうぞ、明日も楽しみにしていてくださいね。

 

 

あなたがほんとうの望みに辿(たど)りつけますように。

大切に読んでいただいてありがとうございます。

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~”

 

 

最終話「たった一つの嘘もない言葉で」

 

 

わたしはスキマに居られるようになった。

 

もっと、素早く、もっと、深くに。

 

そして、

広がっていくわたしの内面世界。

 

スキマに居られるようになって、

私の内側は豊かになった。

五感のくれる、

変化していく刺激の楽しさ、面白さ。

 

そして、スキマへ沈み込む。

 

スキマに入るとわたしは無限に広がっていく。

カラダより大きなわたしになる。

スキマの深みで、

わたしは時に暗闇に溶け込み、

時に13歳の少女と遊ぶ。

 

 

 

感情と思考は、今まで通りに自動運転。

でも、スキマに居られるようになると、感情と思考もちょっとずつ変化していく。

 

感情は以前よりわたしになった。

わたしにピッタリするようになった。

 

思考は、わたしの支配から自由になって心地好さそうになって、

わたしにも今度は思考がなんと言うのか、いつも予測がつかないの。

それでいい。

それがいい。

 

 

 

わたしの内面世界。

それは瀬戸内海の海のように凪(なぎ)。

 

でも、その海面下ではいつも努力が続けられているの。

 

五感を感じようとしているか?

スキマに居られているか?

もっと深められないか?

感情はなにを教えてくれようとしているのか?

思考はわたしの作った内側の毒を行為しようとしていないか?

 

 

わたしの海面下の努力とは、

気づき。

気づくこと、それだけ。

 

 

気づいて、戻る。直す。もうしない。

それだけ。

それだけの無限の繰り返し。

冗談でなく、大げさでなく、何万回と繰り返される気づきの連続。

 

何度、同じ間違いをしようとやることは同じ。

気づくこと、それだけ。

 

気づいて、戻る。直す。もうしない。

それだけ。

 

 

何度でも間違えればいい。

わたしは何度でも気づくから。

気づいて、戻る。直す。もうしない。

 

わたしの生む内側の毒が完全になくなるまで、

あきらめずに繰り返す。

やり遂げてみせる。

 

 

だって、毒がちょっと減っただけで、

つまり、気づいただけで、

こんなにもわたしは幸せになったんだから。

 

 

 

 

わたしの幸せの一つは叶えられたから。

 

「わたしを理解して欲しい。わたしという存在に気づいて欲しい、そして大切に扱(あつか)って欲しい」

 

それはわたし自身へのメッセージ。

 

・わたしを理解する

・わたしの存在に気づく

・わたしを大切にする。

 

そのすべては、ただ気づくだけで叶えられると知ったの。

 

気づき続ける。

わたしがやることはそれがすべて。

今ではわたしがやりたいこと、にもなってきた。

 

それは、

想いと行為のどちらも、

つまり人のすることの全てを善なるものだけにできるかもしれない。

そう思えてきたから。

 

それはきっと生活の中で達成される。

そう思う。

坐って瞑想している時に、善なるもので心を満たすのは簡単。

 

でも、

どんどん変化していく環境の中で、

理解できない相手に合わせて、

なにか行為をしながら、

気づけないと意味がない。

 

 

今、目の前のリアルな状況の真っ只中で気づいていかないと、

わたしの幸せもリアルな今に作れないから。

だから、生活の中で気づき続ける。

それこそが必須。

 

 

 

だから、

わたしも彼のことを生活にするわ。

 

わたしにとって彼の存在は、

なにかの息抜きや気晴らしとして存在させたいものではないもの。

 

そして、誰かの上に立つ快感や

誰かを下に見る快感を

もたらしてくれる存在としてでもない。

 

ハワイ旅行やフルコース料理とは違う。

優越感を満たし、劣等感から逃れる言い訳でもない。

 

 

わたしは毎日の生活の中で幸せを感じたい。

だから、彼を生活にしようと思う。

 

 

 

わたしは嘘がつけなくなったの。

スキマに居ると嘘はつけなくなる。

 

欲しいものは欲しいというしかなくなった。

嫌いなことは嫌だというしかなくなった。

 

スキマは人をその人自身へと連れていくから。

もう、嘘はつけないんだ。

 

 

わたしの口から出る言葉はたった一つの嘘もない言葉で紡がれている。

 

だって、言えば瞬時に五感が文句を言ってくるから。

胸が圧迫されて、息が詰まってくる。

きっと、生まれたときからカラダはそう反応してた。

嘘をつくたびにいつも。

 

でも、五感を封じ込めてしまったから、

五感を味わうことをしなくなったから、

その胸苦しさは感じとれなくなっていった。

 

五感を味わうようになって、

カラダが自分の内面に呼応しているのだと分かった。

その気づきはわたしに

カラダへの比類ない感謝の念

を思い起こさせた。

 

もしも嘘をついたら、

自分の嘘に気づいたら、

すぐに訂正してみて。

訂正できないなら、嘘を言ったよ、

と自分に告白してみて。

 

そうしていくと、カラダは五感を通してもっと豊かに語りだす。

誰よりもあなたを愛するあなたのカラダが。

一番大切なあなたに語りかけてくる。

 

それが、わたしたちがカラダを持っている意味だと思う。

 

 

 

 

このカラダとわたしで彼の前に立つわ。

 

上手く話せないかも、

という喉のつかえはもうない。

それは過去のうまくいかなかった記憶や未来の不安予想から来ていたと、

今は気づいているから。

 

 

もう一つのわたしの幸せを叶えようと思う。

 

「あなたを理解したい。あなたという存在を大切にさせてください。

わたしの望みはここにあります。これが叶えられるとわたしは幸せです。」

 

 

この幸せは、わたし一人では叶えられないから。

 

彼の前に立てば、心臓は早鐘を打つかも。それでいい。

早まる自分の鼓動を感じながら、

わたしはスキマに居るだけ。

 

 

彼は彼の世界にいて、わたしは彼を操作することはできない。

 

わたしに出来ることは、

彼の目の前にわたしを存在させて、

わたしの想いを行為で表現するだけね。

 

スキマに居たままで。

 

 

 

わたしの言葉は、ゆっくりとしか出てこないかもしれない。

スキマに居るから。

 

思考は五感と感情とやりとりしながら、

高速道路でなくて、ゆっくりとわたしの道を探してくれるはず。

それでいい。

 

 

でも、

彼の反応を恐れて目を伏せないで。

わたしは世界の中に存在しているから。

どの瞬間もわたしはわたしを存在させているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何万回の気づきの中で

たった一つの嘘もない言葉を紡ぐとき

人の想いは善なるもの。

人の行為もまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最終話 完)

 

 

~~~~~~~~~~~

≪あとがき≫

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

「スキマ理論を知るための7日間無料メール講座」は、いかがでしたでしょうか?

7日間真剣に取り組んで下さり、ありがとうございました。

 

なにか少しでもあなたに響くものがあったら、とてもうれしく思います。

 

7日間の7つのテーマは、

その人がほんとうの望みを知るために

それぞれ大切なテーマであるとわたしは考えています。

 

「存在する」「エゴを知る」「性を知る」「五感を意識する」「スキマに居る」「感情に従う」「嘘をつかない」

この7つを味わい、深めていけば、

人は自然にしあわせになってしまうと思っています。

もし、よかったらあなたもスキマ生活、スキマ人生にトライしてみてくださいね。

 

このスキマ理論は、

2015年に起きたわたしのカタルシスが起源となっています。

それによって、わたしはオープンハートしました。

 

わたしの云うオープンハートとは、あの時に感じた「もう本当に一人きりになることはないんだ」という

絶対的な安心感を得ることです。

 

わたしのカタルシスについて知りたい方はこちらをどうぞ

      ↓

http://hiyamanaoko.hatenablog.com/entry/2017/09/22/201214

 

 

その後、2年間かけて自分に起きた現象を分析し、

「たまたまではなく、誰もがオープンハートする条件とは何だろう?」

という視点で導き出したのが、スキマ理論と味覚瞑想です。

 

シンプルに言い切ってしまえば、スキマに居ることで「感じる」と「気づく」が育てられ、この二つの視点と意志の力によってオープンハートすることが出来ると考えています。

そのための思考と感情の役割を伝え、五感に委ねる具体的な方法をスキマ理論と味覚瞑想でお伝えしています。

 

 

 

 

「スキマ理論がわかるショートストーリィ7話」を楽しんでくださって、ありがとうございました。

あなたは本好きなわたしに、自分の文章を読んでもらえるという喜びを与えてくれました。ほんとうにありがとうございます。

 

どこかのタイミングで、

あなたとご一緒出来ることを楽しみしております。

 

 

 

 

桧山尚子

“スキマに居ると、人生はもっと美味しくなる~”

「すべての人がほんとうの望みに辿りつけますように!」

 

 

 

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