短編小説シリーズ① 「人生最短距離」音声と文字で配信 

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新年あけましておめでとうございます。今年は戌年

犬も歩けば棒に当たる素敵な出会いがある予感がします。

今年もよろしくお願いします。

 

私の仕事は食べられる断食合宿「味覚瞑想」と5時間のマンツーマン講座「スキマ理論session」なのですが、このふたつともが体感哲学「スキマ理論」という理論を体感して理解して頂くために開催しています。

 こちらに詳しく書いています↓

hiyamanaoko.hatenablog.com

 

受講されたことのない方には、『スキマ』というものが何を表しているのだろう?とお思いだと思いますので、少しずつ理解していただけるように今年からはブログで、『スキマ』を知るための短編小説をお送りしていこうと思います。

 

この手法は拙著「オープンハートbyマクロビオティック」でも使った方法です。マクロビオティック哲学を理解しやすくするためにこの本には8本の小説を載せました。

 

理論は実践が伴って初めて効力を持ちます。お暇なときに、スキマ理論短編小説を聞くあるいは読んでいただけると嬉しいです。

 

 

短編小説「人生最短距離」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昨日、彼から電話が掛かってきて、パーティーに誘われた。意外過ぎる誘いに思わず仰け反ったが、仕事がらみと聞いて納得した。それでも、私を連れて行くと彼が思ってくれたことが誇らしく、素直にうれしかった。

私のプロポーションはまだ平均体重よりオーバーであったが、ウエストのくびれが出てきて、体型に変化が現れてきていた。背筋が伸び、姿勢がよくなった。これはエクササイズのおかげだ。メイクアップの個人レッスンを受けたり、ウォーキングの講習を受けたり、フラメンコの体験講座を受けたり、この1ヶ月は色々と試してみている。そうやっていつもと違う場所に顔を出すことで、人から自分がどう見られているかを知ることが出来て、改めてプロポーションに磨きをかける意欲が湧いた。私は素顔のまま、裸のままで美しい女性になることに決めたのだ。以前なら思うことさえ難しかったが、今の私はそうなった自分を心の中で描くことも出来そうに思えた。多分、明確に描ける時、思いが叶うのだろう。

今日は現代美術を見に行った。ス・ドホという韓国の芸術家の展覧会で、広島の美術館で開催されるのを新聞で見たためだ。新聞の写真にあった、アパートをブルーの布で表した作品に心を惹かれたのだ。実際に見て、とても感動した。この作家は家に関する思い入れがあるらしく、家に関わる作品が多かった。原寸大という布で表現されたアパートは細部まで作り込まれていて、圧倒された。そして、使われている半透明のブルーの布の美しさが、心を騒がせた。家の縮尺模型でなく、布で表す発想は私の想像を越えるものだった。自分の考えにないものを味わうことはこんなにも惹きつけられ、清清しいということを知ってうれしかった。いつまでも見ていたかった。大きさからいって無理なのだが、自分の部屋に飾りたいほどだった。

 

 パラシュートから繋がる無数の赤い糸を束ねて持つ軍人の銅像の前で、長い時を過ごした。パラシュートから赤い糸が集束していく様はなんとも美しかった。スポットを浴びて輝く赤い糸は夕焼けのグラデーションに似ていたが、そこには幾何学的な規則的な美しさと、立ち位置によって不規則に輝く赤いきらめきとが名状しがたい美しさだった。糸の美しさは作家も魅入られているようで、糸を使った作品も多くみられた。作家が何を考えて作品を作ったか知りたいと思ったが、知らなくても良いようにも思えた。感じることがいい。理屈も時に重要ではあろうが、私は作品を見て感じたものに心を捉えられていて、その時間は周りから遮断されたかのような完璧な陶酔感を味わっていた。感じることは即ち、心を喜ばせることだ感覚だけに集中し、それを純粋に味わうことは、心があるべき体に入り、末端までその糸を巡らすような状態と言えるだろう。感じることがこれほど大切なのだと私は今になってようやく知りつつあった。

 

ただ、感じる。恐れず、構えず、期待せず。

その時、目の前で起こることを感じればいい。私の心が感じ、体と繋がれた時、ほんとうの私の望む方向が分かるだろう。

 もう今は、それほど言葉で言い募らなくても良いようにも感じていた。以前はいかに饒舌に話せるかが私にとって重要であった。今は外に強い影響を及ぼすことにあまり価値を置いていなかった。私が感じること、それだけを優先すればいい。きちんと、とか、適切になどという言葉に価値を感じなくなってきていた。

「なんであんなに沢山喋れるんだろう。」ある友人が云った言葉だ。私の家に人が集った時にお喋りが尽きない様を見て彼女が云った。私が思うに、その彼女は心と体が繋がっていて嘘がない人だから、多くを話す必要がないのだろう。

会話は人の心と体を繋ぐことが出来る。誰かと会話することで、自分の今の思考と深い自分を繋ぐことが出来る。そして、繋いでみて違うと感じれば違和感が生まれる。それはもどかしいような気持ち、イライラする気持ち、じっとしていられない感じ、心にしこりがある感覚。

それが、ともすれば相手への攻撃になったりもする。この違和感をスッキリさせたくて、自分のしたことは考えたことは正しいと思いたくて、さらに思考で言い訳を考える。そうすればするほど、心の違和感は無視できないほど大きくなっていく。

降伏する。

私がその違和感の解決法として辿り着いたのは、自分に降伏することだった。

自分がどれほど愚かで、冷淡で、常識はずれで、自分本位で、みっともなくても、ただ受け入れる。それは生半可な覚悟ではないが、他に方法はないと思う。降伏すると、状況がただ見えてシンプルになって、紐が解けるようにしこりは消失していくから。笑えるほどに。 

 私の中で一つずつ問題が消失していく度に、私は変化していった。そして以前の自分の考えがわからなくなってきてもいた。他人のように。以前はどうにも迷わされていたものに何も感じなくなり、そして問題があったことさえも忘れていってしまうのだ。さらに不思議なことに、そうなっていくことは自分の中では当たり前のように感じていて、もう思い出しもしないことが多くなってきていた。心はただ前を向いていた。少し前のように早く変化を求めるような気持ちは消えていて、ただ今をみていた。今は、一緒に過ごす人と楽しい時間がもてることが何よりも重要だった。相手の何気ないしぐさや一言がとても心に残って、うれしさが心の中で波のように繰り返し押し寄せ続けた。

 

 ある人が教えてくれた言葉。「人生最短距離」

日々起こることは全て必然。どんなに回り道に思えても、その時は無駄足に思えても、いずれはあなたに必要だったことが分かる。あなたの来た道があなたを幸せにする最短距離なのだと。

 

そうかもしれないと今は思う。今まで経験し、身に付けた全てを使うことになっていくのだろう。私を作ってくれた全ての人々へいつか巡り巡って何かをお返し出来るよう、私は常に何かを世界に送り出し続けようと思う。それこそがクリエイト=創造なのだと思う。見えるものではないけれど、これは私の内なる創造。私の内なるアート。

 

~~~~~~~~~~「人生最短距離」完

 

来週もお楽しみに~!