詩 千年人生~ 生まれた背景について(音声配信つき)

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詩「千年人生」にとても反響を頂いたので書いた背景などを記してみます。

 

あの詩は、人の本当の望みは何か?という点に焦点を当てているうちに出来たものです。

わたしは「自分のほんとうの望みを知る」ということがどういうことかを本当に知りたいのです。

 

自分の望みは、ともすると世間や誰かの考えを丸写ししたものになっていたりします。

それは、他者の基準であり、過去の基準であると思うのです。

 

ほんとうに

今の

わたしで

感じるしあわせ、なのだろうかと。

 

一日を一生と見立てて、朝に生まれ夕べに死すならどう生きるか?

という意見は見たり聞いたりしたことがありました。

 

逆にわたしは、

人が永遠に生きるとするなら、どういう人生を送りたくなるのだろう?と考えました。

その問いの今のわたしの答えがあの「千年人生」です。

 

どんな生き方もいいのだと思います。

亀になって一日中日向ぼっこをするのもいい。

鮎になってスイスイ泳ぐのもいい。

 

ただ、植物や動物とちがって、人間の人生だと一日を無駄にしやすいなと思ったのです。

人の人生は変化がダイナミックです。思考と感情という大きく揺さぶられる内面を持っているので、それだけで飽きずに暮らせます。むしろそれだけに振り回されます。

そのため、実際にどう暮らしたか?という点が実は見過ごされがちなのではないかと。

 

早逝された方の最後のメッセージがネットの記事で上がることがあります。

それらはとても胸に迫り、多くの気づきがもたらされます。

そして、それらはとても似通ったことが書いてあるな、とよく思います。

 

自分のほんとうにしたいことをしなさい。

大切に思ってる人に会いに行きなさい。

心から分かち合って時間を共に過ごしなさい。

たくさん話をして、言葉や行動で愛を人に与えなさい。

 

という感じで共通しているように思います。

 

それだけで、人っていいんじゃないかな?と思います。

 

そうは言っても、

目の前の人が怒ってたり、

次から次へと用事を言いつけられたり、

請求書が送られてきたりすると、

それだけでいい訳あるかーーーー!となるのも人間ですが。

 

そうですよ。

そうなんですけども、それでも人間として後悔なく生きたいとも思います。

せっかく、素晴らしい人たちが自分達のほんとうのしあわせを最後に発見し、

書き残してくれているのですから。

 

~~~~~~

詩「千年人生」

 

もし人生が千年あったら、

百年はタンポポになろう。

黄色い花びらを引っ張られたり、ポキッと茎を折られて白い汁を出して、

子供たちを楽しまそう。

 

百年タンポポで生きると、

もっと見て欲しくなるから

次の百年は薔薇になろう。

病気になりやすくて手がかかるから、とても大事にされたり、

贈り物になって特別な想いを届けたりしよう。

 

百年薔薇で生きると、

もっと長く愛されたくなるから

次の百年は銀杏の木になろう。

神社の境内を上から見下ろしながら、七五三やお祭りや新年の賑わいを楽しんだり、

ベンチで休む人の側に立って、黄色い扇の葉を降らせたりしよう。

 

百年銀杏の木で生きると、

もっと自由になりたくなるから

次の百年は渓流の鮎になろう。

渦を巻く流れの中をスイスイと泳いだり、水中からきらめく陽の光りを眺めたりしながら、時々ケンカもしよう。

 

百年鮎で生きると、

陽の光りを浴びてみたくなるから

次の百年は亀になろう。

乾いた石の上で甲羅を干したり、暑くなったら水に浸かって、

焼けた甲羅が冷えていくのを楽しもう。

 

百年亀で生きると、

もっと遠くへ行きたくなるから

次の百年は空を飛ぶトンビになろう。

風を読み切って上昇気流に楽々と乗ったり、

急降下して獲物を取ったり、取り落としたりしよう。

 

百年トンビで生きると、

地面が恋しくなるから

次の百年は蟻になろう。

皆と力を合わせて大きくて入り組んだ巣を作り上げ、

もし壊されても何度でも何度でも見事な巣を作って生きよう。

 

百年蟻で生きると、

もっと楽をしたくなるから

次の百年は猫になろう。

夕飯の時はお父さんの胡座の真ん中に陣取ってご飯を貰ったり、

一緒に寝床へ入って温もりを与え合おう。

 

百年猫で生きると、

もっと人を助けたくなるから

次の百年は犬になろう。

散歩に行って一緒に夕陽を見たり、側に居て色んな話を聞いたりして、

独りではないことを伝えて生きよう。

 

百年犬で生きると、

話をしてみたくなるから

次の百年は人で生きよう。

会いたい人に会って、したい話をして、困ったり、泣いたり、うれしんだりしよう。

 

千年こうして生きると、

もっと人で生きたくなるから

次の千年は全部人として生きよう。

 

人として千年、三十六万五千日を

同じ一日の繰り返しとして生きよう。

 

タンポポのように、薔薇のように、

銀杏のように、鮎のように、

亀のように、トンビのように、

蟻のように、猫のように、犬のように、

人として。

 

千年間、同じ日が繰り返されるとしたら

こう生きよう。

 

朝早く起きて、朝陽を楽しみ

身仕度をしたら、お茶を一杯ゆっくりと頂きたい。

昼過ぎまで社会と誰かのために働こう。

遅い昼食を行った先でよばれた後、昼下がりはお気に入りの場所で本を読もう。

夕方には早めに家に帰り、灯りをともし

有り合わせのもので夕飯を作ろう。

 

良人が戻ったら、一緒に夕飯を食べながら「ああ、ご馳走が食べたい」と

不足を言い合おう。

風呂に入って一日の片付けを済ませたら、良人ととりとめのない会話をして、

その後少し書き物をしよう。

遅くならないうちに床に入り、自分に丁度良い人の呼吸を聞き、

移し合う体温を感じながら眠りに就こう。

 

 

千年同じ日が繰り返されるとしたら、

二度寝はしないだろう、一日が勿体ないから。

朝御飯を腹一杯食べないだろう、これから始まることを楽しめないから。

誰かの役に立ちたいと思うだろう、自分の事だけでは飽きるから。

 

千年同じ日が繰り返されるとしたら、

夕飯にご馳走を食べないだろう、毎日だと苦痛だから。

自分に丁度良い人と生きるだろう、望みも不足も言えるから。

 

千年同じ日が繰り返されるとしたら、

自分にしか生み出せないものを形にしようとするだろう。

 

千年同じ日が繰り返されるとしたら、

何かが足りない一日を望むだろう。

 

千年同じ日が繰り返されるとしたら、

早寝するだろう。明日を楽しみたいから。

 

 

~~~~~~ 詩「千年人生」桧山尚子

 

音声配信の最初に流れる音楽は、リスト「愛の夢 3つの夜想曲第3番変イ長調」です。

リスト作曲の有名なこの曲には副題がついています。

その副題は「おお、愛しうる限り愛せ」。

 

 

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