頭の中が混乱し、気弱になるとき

頭の中が混乱し、気弱になる時、

圧倒される時、恐怖につかまれている時、

 

そんな時は

つい、「なにも感じたくない!」と強く思ってしまいます。

 

あるいはそんな人に

「きちんと向き合わないとダメよ」とアドバイスくれる人もいるかもしれません。

 

あるいはそんな人に

「もう手放してしまっていいのよ」とアドバイスくれる人もいるかもしれません。

 

わたしはそういう気分の時に、五感に戻るようにしています。

食べる。

寝る。

お風呂に入る。

本を読む。

といった、

生活の中でわたしが大好きなことをより感じながらしてみるのです。

 

 

人は意外にそれだけに夢中になれないものです。

何かをしながら、目の前と別なことを考えている。

それでは、「感じる」から離れてしまっています。

 

「感じる」だけで、もうそれは喜びなのです。大層大きな喜びです。

それは犬や猫だけでなくて、人も同じです。

 

 

それをわたしが知ったのは、半断食を通してでした。

わたしにマクロビオティックを教えてくれたお師匠さんのところで、

半断食に入りまくっていた頃。

 

半断食を繰り返していくうちに、

ご飯を食べる。

お風呂に入る。

寝る。

が、とんでもなく上質になっていったのです。

 

それまで上質とは、場所や調度品や扱われ方からもたらされるのだと思っていました。

それも、少しはある。でも少しだったことが分かりました。

 

大きな違いは、わたしにありました。

わたしの「感じる」が違ってきたのです。

 

半断食によって、流れ作業のような毎日ではなく、今の自分を感じることがだんだんとできるようになっていきました。

 

わたしのしあわせは、

だんだんと思考の満足から離れていきました。

 

わたしのしあわせは、

「なにをしたか」よりも

「どう感じているかを受け取ったかどうか」に左右されるようになっていったのです。

そこにフォーカスするようになったのです。

 

「どう感じているかを受け取ったかどうか」

 

 

 

それまでは、思考がしあわせを生むのだと思っていました。

五感は快感を生むもので、

ただ、五感で感じるだけでしあわせを感じるとは思ってもみなかった。

 

自由になった五感はしあわせをもたらす。

そのしあわせは、思考で作られたしあわせとはケタ違いなものでした。

 

 

頭の中が混乱し、気弱になる時、

圧倒される時、恐怖につかまれている時、

「どう感じているかを受け取ったかどうか」にフォーカスしてみてください。

 

人が空を見るのが好きなのは、判断せずにただ見ればいいものだから。

人が乗り物で移動中の時間が好きなのは、なにもしない自分に言い訳が要らないから。

人が陽だまりの猫を見るのが好きなのは、そこになにも求めていないから。

 

「感じる」

この素晴らしくて、難しいもの。

「感じる」こそが自分への最大の恩恵だと思います。