一生懸命やってるのに、なぜか空しいとき…

 

一生懸命やってるのになぜか空しいとき…

それは、自分の視点が固定されているからかもしれません。

 

わたしは、料理や問答やそれらを合わせた断食を仕事としています。

自分の大好きなことを仕事にしているはずなのに、なぜか空しいときがあります。

それも、頻繁に。たまに、ではなくて。

 

好きなことを好きなようにしているはずなのに、どうして空しいの?

悶々としますね。ありえない矛盾ですもの。

 

その矛盾は、

どちらか一方しか満足させていないから、生じると思います。

 

 

 

わたしは2つの視点を持っています。

「目の前のことを見る視点」と「自分を高いところから俯瞰している視点」。

わたしだけでなく、誰もがその2つの視点を持っていて、その2つを行ったり来たりしていると思うのです。

 

でも、それがある時固定されてしまう。どちらか一方の視点に。

すると、わたしは悶々とし始める。

それは、2つの視点を行き来できなくなったから。

 

2つの視点が捉えているものは大きく違っています。

「目の前のことを見る視点」がフォーカスしているのは、わたしの現実的な欲望。

「自分を高いところから俯瞰している視点」がフォーカスしているのは、わたしの理想。

 

「目の前のことを見る視点」に固定して生活するデメリットは、

欲しい、妬ましい、するべき、恥ずかしい、出来ない、失うのが怖い、などにつかまれ易いことです。

 

「自分を高いところから俯瞰している視点」に固定して生活するデメリットは、

ずばり、五感を楽しめないことです。

 

好きなことをこの2つの両方の視点で楽しむ。

逆から言えば、2つの視点で見て両方とも楽しめることをする。

そこに、しあわせの秘密があると思うのです。

 

「目の前の視点」で楽しくないこと、つまり五感で満たされていると感じられないことはしなくていいです。

「自分を高いところから俯瞰している視点」で楽しくないこと、つまり自分の深いところにある泉が満たされていくと感じられないことはしなくていいです。

 

じゃ、なにするの?どうすればいいの?と思いますね。

それは2つの視点を同時に満たすものを必死で探すのです。

それはもう、小ずるく、狡猾に、犯罪でなければ何でもするくらいの勢いで、

この2つの視点に立った自分を両方満たすよう、必死で努力するのです。

 

2013年から自営し始めた私は、最初は地域の公民館で料理教室を始めました。

5、6人の生徒さんを前に料理を教えていました。それは楽しかった。

でも、同時に空しくもあったのです。

講座が終わるたびに、プシュッとペットボトルの炭酸を開けて飲みながら、

「なんでこんなに疲れるのだろう?何で空しいのだろう?」といつも感じていました。

 

それは「目の前の視点」では楽しかったけど、

「自分を高いところから俯瞰している視点」では楽しくなかったから。

そうだったと今では分かります。

 

そこから、必死で2つの視点を両方満たすものを探しました。

 

そしてやっと、料理と問答を合わせた食べられる断食合宿「味覚瞑想」に辿り着きました。

やった、しあわせになれた!いえいえ笑。

今でも頻繁に空しくなるのです。

 

 

 

それは、2つの視点のどちらかに固定されている時。

自由に2つの視点を行き来出来ない時に、空しさを感じるのです。

 

2つの視点を同時に満たすためには、今を作り続けなければなりません。

 

なぜなら、今のわたしは変わっていくから。

今のわたしを取り巻く環境も変わっていくから。

 

「目の前のことを見る視点」に立って、今のわたしの五感を満たすことをする。

「自分を高いところから俯瞰している視点」に立って、今のわたしの理想を叶える。

 

この2つを満たすために、今がある。

それは驚かれるかもしれませんが、昨日を壊し、明日を壊すことです。

「目の前の視点」から見える過去を壊し、未来を壊すこと。

「自分を高いところから俯瞰している視点」から見える過去を壊し、未来を壊すこと。

 

わたしは空しくなったとき、これらを壊しています。

決めた計画を。義務と思っていることを。昨日のわたしがワクワクしたことを。

 

「目の前のことを見る視点」と「自分を高いところから俯瞰している視点」。

どちらかが正しいのではないです。

どちらかだけであなたを満たすことはない。

わたしは両方ともを満たしたいです。絶対に満たしてみせる。

 

 

わたしが2つの視点に気づき、それを自らの意志で行き来できるようになったのは、

断食を通してです。

不思議に思われるかもしれない、なぜ断食なのかと。

 

断食は「目の前の視点」に立ったしあわせ、つまり、五感を満たすことが出来るからです。それもとても深く。

 

断食以外でこれほど深く五感を満たすものをわたしは知らなかった。

だから、それを伝えることを仕事にしました。

 

 

食べないと、五感が満たされないのでは?と思うかもしれません。

では、食べると満たされますか?わたしは違うと考えているのです。

わたしは、食べれば食べるほど空しくなっていくことを体験してきました。

それは、つい4年前まで続いていました。

人生の多くをずっとそうやって、わたしは空しく食べてきたのです。

 

「食べない」とは、「食べることをしない」ということです。

断食は、空しくなるような「食べる」をしない。

すると、深い満足が訪れます。それは言葉では表現出来ない感覚です。

 

五感を満たした身体で、「自分を高いところから俯瞰している視点」に立った時、

あなたの五感と深い部分の泉が同時に満たされます。

 

断食は「目の前のことを見る視点」と「自分を高いところから俯瞰している視点」の両方を同時に満たす体験。それはやがて、日常となっていくでしょう。

 

 

f:id:ippondaikon:20180222094045j:plain

この紙は「味覚瞑想」の超リピーターの方の卒業論文です。

卒業論文を書くプログラムはないのですが、「発表させてください!」と自ら申し出て、発表して下さったものです。

 

有名な心理学者マズローの5段階の欲求階層ピラミッドです。

彼女が説明してくれました。

「桧山さんは満たしてくれました。それは仮の満足ではなかったです。

今まで私は、一番上の自己実現にばかりフォーカスしていました。でも、一生懸命にやってても空しかった。それは一番下が満たされていなかったからだと今は分かります。自分を満たすには五感を満たす必要がありました。そして、自分が存在しているんだと体感すること。その上に他の欲求が満たされていくんですね。一番下が深く満たされているから、上に積み上げることが出来る。それが分かりました。」

 

とてもうれしくて、「味覚瞑想」の時にはいつも持参していますよ。

 

一生懸命やっているのに、なぜか空しいとき…

あなたは、2つの視点のどちらかに固定されているのかもしれません。

意識して、もう一つの視点に立とうとしてみてください。

もう一つの視点で自分を満たそうとしてみてください。

 

  

どちらか一方ではきっと、人は満足できない生き物だと思います。

 

 

hiyamanaoko.hatenablog.com