ビブリオバトル①~ネット上で一人で勝手にビブリオバトル【不屈シリーズ】

ビブリオバトルをご存知ですか?

わたしは一度もしたことないけど、やってみたくて仕方がないのです。

知的書評合戦ビブリオバトル公式サイト

 

知的書評合戦というのがイイ~。

キャッチコピーも素敵な~。

「人を通して本を知る.本を通して人を知る」♡

 
公式ルールは以下の通り。
  1. 発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる。
  2. 順番に1人5分間本を紹介する。
  3. 各発表後に参加者全員でその発表について2~3分間ディスカッションする。
  4. すべての発表後に「どの本を一番読みたくなったか」を基準に参加者全員で投票し、最多票を集めたものをチャンプ本とする。

 

ビブリオバトル経験者は申請すると、ビブリオバトル普及委員になれるそうな~。

ああ、なりたい~♡

 

辛抱堪らんので、ネット上で一人で勝手にビブリオバトルをすることにしました。

わたしの愛読書を4シリーズに分けて、お送りします。

  1. 不屈シリーズ
  2. 探偵小説シリーズ
  3. SF小説シリーズ
  4. 哲学書シリーズ

まずは、不屈シリーズ全8冊から。

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  1. 「燃える男」A・J・クィネル 大熊 栄訳 新潮文庫

なじみの本屋で平積みにされた文庫本をふと手に取ったのが出会い。まず、原題の「Man on Fire」が気に入ったこと。解説を読むと、クィネルとは匿名作家で正体不明なのだという。その処女作。そこまでの興味もなく数ページ読んで引き込まれました。イタリアのマフィアとフランス外人部隊の話が続く。それがとてつもなく詳しく、でもすんなりと頭に入ってくる文章でストーリーとして面白い。これは買いだな!と思い、買って家に帰ってそのまま夜中まで読んでしまった本。

クリーシィという名の50歳近いベテランの傭兵が、金持ちの10代の娘のボディーガードとして雇われることから始まっていく話ですが、アクション作家にありがちな過度な描写はなく、抑えられたでも魅力的に人物描写がなされていく。主人公であるクリーシィは寡黙な男なので、彼のセリフは極端に少ない。なのに、だんだんとその人となりが見えてきて、読み進むうちになにか猛然と応援したくなってくる。傭兵仲間のグィドー以外には友人を持たないクリーシィがボディーガードをしているうちに、その娘ピンタと友情を育むようになっていくくだりが楽しい。これは復讐劇なので、結構陰惨なシーンも出てくるのですが、この本を貫く印象は人間の情。愛・恋・思いやりという素敵な言葉よりも、情としか言葉にするのが難しいなにか、でもだからこそ揺さぶられる深いものに突き動かされていく人間の心を描いていて、それが単なるアクションもので終わらないこの本の厚みなのだと思います。後半の舞台となるゴッツォ島の暮らしぶりも、やはり情で結ばれる人間模様で心に残ります。余談ですが、ゴッツォ島(ほんとうの島名は別)に暮らす匿名作家の作者を見つけて明らかにしてしまったのは、日本人のファンだったとか(笑)。さすが日本人。

 

 

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 2. 不屈 ディック・フランシス 菊池 光訳 ハヤカワ文庫

ディック・フランシスは競馬シリーズで一名を馳せた作家。どれを読んでもハズレはなかろうと思うのですが、わたしの一押しはこれ。主人公が騎手でも調教師でもなく、競馬関係者でもなくて、主人公は孤高の画家。電気も電話もない辺鄙なところに住み、2週間に一回町に降りるという俗世間との交渉を絶った生活をしていて、親戚からは頭のおかしいアリグザンダーと呼ばれている。それでもゴルフを題材に孤独と闘い不屈の精神を描く絵は売れている。母親の再婚相手の経営する醸造会社が傾きかけて、弱音を吐かない母親からSOSの連絡があり、否応なく金と権利を奪い合う陰謀に巻き込まれていくストーリィです。

「孤独を恐れたり、精神の病だとセラピーを受けさせたりするのはアメリカ人だけで、イギリス人にとって孤独とはあたりまえの生活だ」と述べられているのも愉快に感じました。調教師のエミリィとは離婚しては居ないが長らく別居状態。結婚したものの、「内側から何かが失われていく」ために望む絵が描けなくなり、アリグザンダーは山に帰ってしまう。冒頭から、訳も分からず襲撃されたり、後半でも相当な目に合うのですが、その度にもう止めた!となりそうになるのですが、結局自分のやると決めた意志を貫いてしまう主人公。傷ついたことも「自尊心の代償だ」と苦笑する。これがイギリス人というなら、イギリス人の友達を持ってみたいなと思います。終盤で描かれるある絵について、描かれ方が詳細に説明されていくのですが、その失敗が許されない息を飲むような一筆一筆の真剣勝負に心を打たれました。その絵が最後の結末に影響を与えていくストーリィ展開もしびれます。

 

 

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 3. ウォーターシップダウンのうさぎたち 上・下 

  リチャード・アダムズ 神宮 輝夫訳 評論社文庫

たしか、ディズニー映画でもアニメ化された物語。やたら児童推薦図書なんたらかんたらに選ばれております。そんなことで、わたしの視野から外れておったのですが、文庫になった時にこの表紙に魅かれて手に取って数ページ読んだら、うさぎのカッコよさに惚れてしまって上下巻とも買い込んでしまったのでした。巻頭に主人公たちがこれから旅する地域の地図があるのも決め手でした。

主人公のうさぎヘイズル=ラーは信念を持つ雄うさぎ。色々な困難に遭い、仲間と新しい生息地を目指して旅をしていく物語です。実際にはたった数キロの距離移動なのですが、ウサギにすればどれほどの危険行であるかが読み進むうちに分かってきます。それは勇気と決断の連続です。キツネや犬や人間そして、他の群れのうさぎから逃げ、隠れ、そして最終的な戦いへと続いていきます。うさぎの習性や暮らしぶり、遊びや考え方など微に入り細に入り、細かく触れていて、とても面白いです。うさぎの世界で語り継がれているエル=アライラーの神話もとても心に響きました。「ただ、食べること、生き延びること、繁殖すること」をしているうさぎ達は、ほんとうに生きているのだと思いました。「先達の贈りものによって無事に生きている現在をわきまえないうさぎというものは、自分ではそうは思っていなくてもナメクジよりもあわれなものです。」と語るエル=アライラー。今から40年も前に書かれた物語ですが、今も読むと寄せては返すような、静かに満ちていく感動があります。

 

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 4. ゼン・マクロビオティック 桜沢如一 村上譲顕訳 日本CI協会

マクロビオティック創始者桜沢如一の書いた、わたし的に最高のマクロビオティックの神髄を記す本。日本で生まれた正食と呼ばれていた養生法は、第2次世界大戦の敗戦を機に、広く世界へと舞台を移します。正食によって結核から生還し正食の普及に尽力した桜沢如一は、敗戦によって日本の伝統食が崩壊すると見抜き、マクロビオティックという新しい名を与えて、弟子たちを世界中へと普及の旅に出します。そして、アメリカで出版されたのがこの本、ゼン・マクロビオティックです。

桜沢如一は海外ではジョージ・オーサワと名乗り、多くの著作を残しました。フランス語も分からずにフランスへ行き、やがて独学でフランス語を学び、マクロビオティックや東洋哲学陰陽論、無双原理の本を出版します。世界的視野を持ち、第2次世界大戦中も「絶対に日本が負けるから戦争をやめろ」と言い続け、数か月も投獄されます。

この本は哲学書に分類されると思うのですが、わたしとっては不屈の魂が感じられる本なので、不屈シリーズにラインナップしました。桜沢のその破天荒な冒険魂に魅力を感じます。そして、あたり前のことをあたり前だと言い続けたことに羨望を感じます。「この人生で受けた恩をすべて返すのは不可能です。なぜなら、あなたには恩を受けて手に入れたもの以外、何もないからです」

文中にもある通り、この地上に幸福と平和を樹立するための叡智は既にあるのだと思います。その実行がなされていないだけで。わたしが自分のしていることに自信が持てなくなった時に読む本です。

 

 

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 5. 情事 森 瑤子 集英社文庫

森瑤子は一時ハマりましたが、その中で一冊挙げるとしたら、やぱり好きなのはこの本、情事。しかも、処女作である表題作ではなくて、もう一作の、誘惑が好きです。

誘惑は、うまくいっていない若い夫婦が結婚後初めて夫の故郷に帰るその数日間を描いたストーリィ。夫自身も両親に会うのは7年ぶりであるのも曰くありげだし、自分達も離婚してしまおうかという状態での帰省で、表向きだけでも仲良く見せればいいと振りをするが、当然いろんなことが起きてしまう。森瑤子らしい、感情表現を肉体的な描写でするやり方が存分に発揮されている作品で、とにかく顔、カラダ、しぐさ、服装の描写が細かくて目の前に登場人物が見えるようである。セリフも秀逸で、すべてが映画の決めゼリフのようでうっとりさせられる。強気で繊細で、壊れてしまいそうなほどに張り詰めた主人公シナは、夫とは傷つけあう会話しかもう成立できなくなっていた。歓迎してはもらえないと思っていた夫の故郷で、シナは夫の父親と言葉少なに会話を交わし、少しずつ互いの心を思いやれるぐらいに存在を認め合っていく。森瑤子は女性を描かせたら、尊大さや傲慢さをこれでもかと掬い上げて、読み手が降参するしかない作品を多く書いていますが、女性の中のそうしたくないのにどうしようもなく、ついそうしてしまうという性を不安定な主人公に随所に演じさせていて、読んでいて堪らない気分にさせられてしまう。愛って不屈を含んでると思います。

 

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 6. エンデュアランス号漂流 アルフレッド・ランシング 山本光伸訳 新潮文庫

 

この本には今はもう取ってしまってないが、宣伝用の帯が付いていました。その帯にあった「科学的な指導力ならスコットに。素早く能率的に旅することならアムンゼンに。だが君が絶望的な状況にあって、何ら解決策が見いだせない時にはシャクルトンにひざまづくがいい!」という誘い文句にヤラレて手に取った本。解説にこの本が翻訳されるにあたって、大好きな星野道弘氏の強い勧めがあって実現したことを知って、即買い(笑)。

アムンゼン隊とスコット隊の南極点到達争いは教科書にも載っていて知っていたが、シャクルトンという南極探検の英雄がいたとはついぞ知りませんでした。

サー・アーネスト・シャクルトンはイギリスの探検家。1914年に南極大陸横断の旅に隊員28名と出発し、氷河に閉じ込められて船を失い、ボートで漂流し、一年半かけて隊員全員と生還した。隊員は、ロンドン新聞に広告を出して応募してきた5000人の中から選ばれていた。それは有名な広告で「 求む男子。危険な旅。微々たる報酬、極寒、完全な暗黒の長い日々、不断の危険、安全な帰還の保証無し。成功の際には名誉と知名度を手にする」に集まった隊員は屈強で個性豊かで変わった男達。それを「この世に生を受けた最も偉大な指導者」と呼ばれた真のリーダーシップを持ったシャクルトンが日々過酷になっていく状況の中で率いていく。この本は密航者1人を含む28名全員を生還させるまでの壮絶な闘いの淡々とした記録であるとともに、そこには悲壮感だけではなく、絶望的な日々を生き抜こうとする人間の逞しさ、明るさ、それぞれの個性のきらめきが記されています。最後のエレファント島からサウスジョージア島への6人の航海は「最も過酷な闘争」と呼ばれ、文中でもその過酷さが伝わってきて、人にはこれほどのことが出来るのかと、打たれるように感銘を受けるシーンが続きます。巻頭の献辞に「人間に不可能なことを成し遂げさせるなにものかに感謝を捧ぐ」とあり、読後にはしばらく何も考えられないほどの圧倒的な何かに打ちひしがれます。

 

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 7. 朴歯の下駄 野口昭子 全生社

 

野口整体と呼ばれる整体をご存知でしょうか?実は整体とは野口整体が源流であり、カイロプラクティックが入ってくるまで、野口整体はただ「整体」と呼ばれていました。カイロプラクティックが日本に入ってきた時に、カイロ=整体と訳されてしまったために、区別するためにそれまでの整体は、創始者野口晴哉にちなみ野口整体と呼ばれるようになりました。それほどに日本の生活に浸透していた整体とはどうやって出来あがっていったのか、創始者の妻が語る野口晴哉の生い立ちから一生を終えるまでが描かれています。

関東大震災の後に、腐った豆を食べたおばさんに手を当てて治した経験から、猛烈な勉強によって、17歳の頃には整体道場を持ち、繁盛させていた野口晴哉。図書館で10冊の本を借り読んで返して、その日にさらに10冊借りてくるほどの勉学と施術の日々。特にわたしが惹きつけられるのは、生命に対する真摯さです。生命は本来自然であり、そのままであること。人は生きるために生きればいい。と、一見突き放したように見えるほどの深い愛情で多くの人を救いました。「いくらレントゲンで映しても、切り開いてみても、借金も失意も嫉妬も見つからないよ。重要なのはそういう事なんだ」。天才にありがちな理解されない苦しみや弟子を自分のレベルまで引き上げられないもどかしさも滲ませながら、整体の道をひたすらに究めていく。気合一発で滝の流れを止めてしまう気の使い手であり、言葉掛けだけで持病を治してしまう潜在意識への暗示の達人でもあった。白眉は最後の方に描かれる、孫娘とのやり取りで心に残る。「子供は心と体が大人よりも密接だから、心を抑えれば体を毀す」と、家族中が手を焼く頑固な孫娘の真の要求を見抜き、温かく見守り、真意を伝え家族の動揺を制する。「人はただ欲求に従っているだけ、それは体の不均衡から来るのだ」と、その人を責めずひたすらに無数の人の体を整えぬいた人生だった。

 

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 8. 赤ひげ シナリオ  脚本 井出政人 小国英雄 菊島隆二 黒沢明

   原作 山本周五郎

 

赤ひげ:三船敏郎、若い医者保本:加山雄三で映画化された赤ひげのシナリオ。シナリオとは今を記したものなのだと、このシナリオ本を読んで気がつきました。シナリオと小説の違いは、時系列である。小説は如何ようにでも、過去を描ける。が、シナリオは回想シーンなど例外を除けば、一貫して時系列で描かれている。当たり前と言えばあたり前なのですが、ワンシーンの間は同じ時間として描く以外になく、一行ごとに時系列を書きようによって操れる小説とは全く違う世界が広がっています。しかも、見せること前提で話を動かさないとならないので、そこにも制限が付きまとう。赤ひげのあらすじは知っていましたが、そう気づいて読むと面白い発見が無数にありました。

貧乏な庶民が駆け込む小石川療養所の医師、通称赤ひげは腕はいいが口が悪く、金持ちのたいこ医者も務め大金をせしめている。血気盛んな若い医者は自分の思惑と違う療養所に配属されておおいに不貞腐れている。映画赤ひげは、そんな二人を中心にほぼ療養所の中でストーリィが展開していきます。シナリオのほとんどはセリフで占められており、ほんの少しのト書き(場面紹介や注釈)で構成されています。それは、現実の日常生活に近い。小説よりもずっと日常に近い。わたしたちの日常もセリフと動作と場面設定で構成されていると気づくと、シナリオを読むことは誰かの日常生活を覗き見しているような感覚になってくるのです。小説を読むことが設計図から模型を作るのだとすると、シナリオを読むことは覗き見である(笑)。そう面白がりながら読み進むと、岡場所で苛め抜かれた少女を引き取り、面倒を見る若い医者保本の戸惑いも優しさも、こちらが恥ずかしくなるような悶えをもたらす。俳優がシナリオを読むと映画に出たくなるというのも頷けます。赤ひげという映画で描こうとしたのは、全編に溢れる「己の正義」だと感じました。それは赤ひげや保本だけでなく、死にゆく庶民の死に様にも己の信ずるものに誠を尽くす様が表されています。

 

 

以上、不屈シリーズ全8冊の本紹介でした。

自分で書いていて思ったのは、ほんとうにわたしは本が好きなんだな~ということでした(笑)。ここまで読んで頂いてありがとうございます。

おつき合いついでに、1~8のどの本が一番読みたくなったか、Facebookかメッセージでお寄せいただけると、とてもうれしいです。

不屈シリーズのチャンプ本はいったいどれか?

楽しみにしています!

 

 

 

 

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